2016年11月27日

 いま、いまというのは2017年の3月17日、現在の俺は、とにかくいろいろなものに見切りをつけたくて、とりあえず一番最初に捨てられそうな過去、らしきものを切り刻んではゴミ箱になげすてている。その中で、タイトルの日付に作ったZINEが出てきた。酷いもので、よくこれを世に放とうとしていたなあ、とも思うんだけど、いまの俺は、はたして当時の彼=自分をどの視線で見つめているのだろうか、という契機にはなった。

 

 とにかく何かしらの視座が欲しかったのだと思う。自分がいまやっていること、今考えていることが間違いではないために過去を引用し、しかしノスタルジアではないという自明の感覚を信じてやれるのは自分自身しかいない、そこに折り合いをつける為に、彼はきっとこれを一冊のZINEにまとめたのだろうし、結果としてコンビニのコピー機で一度刷ったまま、戸棚にしまったのだろう。

 

 そのことを、すっかり忘れていた。

 

 あまりにも不憫で無様で、それでいて、2016年11月の自分に対してでさえ過去への眼差しを向けてしまういまの自分に腹が立ったので、ここで供養する。誰のためにも読まれてほしくはない。

 俺はもうちゃんとしまわれた過去を取り出して見るのはやめたい。自分から見ようとしなくても、過去の匂いはそこらじゅうにばら撒かれてるし、それが鼻腔に漂ったときに、今と混ざりあったときに、生き生きとした現実の一部として現れてくるものであって、だから、たぶん、過去「だけ」を見るのは、刺激が強すぎる。自分のものにしても、隣人のものにしても、まったくの他人のものにしても。

 俺が住む部屋には未だに前の住人に宛てた郵便物が届くんだけど、それだって、この部屋に誰かが住んでいたという過去が無理やり侵入してくる感じがしてマジで劇物、キツい。

 

 ただこれがなかなやっかいで、写真を撮リ続ける、ということは過去の生々しさを絶えず生産して焼き付けることでもある。それを反復して自分で見たりする分にはまあいいんだけど、よくないけど、今はもっと言いたいことがあるから省略する。例えばそれを誰か、誰かっていうのは特定の人でも、ZINEでも、展示でも、そういう人に見せる、ときに、過去の劇物っぽさを中和して現在とパラレルなものにして見せるのか、それとも毒として、っていう問題を考えると、それはすべからく、自分にとっての過去という時間の捉え方(向き合い方、ではない、断じて)を考えるという行為につながる。で、しかもぜんぜんわかんない。撮りたいから撮ってるし仕方がない、というのはこの前の記事に書いたけど。どうでもいい。

 

 すべてが不可分に結びつきすぎているし、結びついたまま変化をしていて、その中で自分の立場を表明しようとしたら、まずは「すべて」が「すべて」であることを話さなければいけないし、とても人生は間に合わない。かといって「すべて」から切り離された自分を語るにはあまりにも多すぎるコンテクストに絡め取られていて、やっぱり身動きが取れない。

 俺は、いまがあればそれでいい。過去の腐臭が自分自身にまとわりついている必要も、輝かしい不確定な未来でその腐臭をごまかすのもちがう。今、いま、今日、それを刻んで、次のいまにすべてつなげる。そうやって生きたい。

 

 油そばみたいな前菜になったけど主菜は以下になります。

 

 

 

――――――――――――――

 

数日前、雪が降った。関東では、だいたい50年ぶりくらいに11月の初雪を観測したらしい。最近は2日起きて版日寝て、また起きて、を繰り返している。時間が自分の体から切り離されて周っている感覚に襲われる。 

 

雪は夕方には雨に変わり、大学で酒を飲んだ後、年末のような空気に包まれながら横浜駅行きのバスを待った。脳みそを直接冷やされる気持ちよさに身を任せながら、国道一号線を挟んだ向かいの眼前のガソリンスタンドの電気が落ちるのを見る。

 

バスに乗ると暖房がきいていて、頬のあたりが温度差でチリチリする。今年の二月まで住んでいた、車の音がうるさい、かつて俺の部屋だった部屋に灯りが灯っているのをバスの窓越しに見る。酔いが戻ってくる。

 

雪は溶ける様子も見せずに跡形もなく消えた。昨日は11時に寝て16時に起きた。これを書いているのは朝の5時だ。便宜上、朝とされている時間。自分の外側で回り続ける時間。

 

きっともう二度と現れない無様な景色たち。写真には映ってない誰かと観た景色立ち。彼ら/彼女らとの関係は変わってしまったし、俺もきっと撮った当時とは違う生き物になっている。記憶/記録の上書きを刷るために生きているわけではない。ここにある写真を撮ったときの心地よさを更新したいとは思えない。感傷は過去を再現するために湧き上がるものではない。

 

誰かといた瞬間を暴力的に写真に保存して、それをまとめ、このZINEを手に取った人に押し付ける。記憶を切り刻んで、整理して、いつか来るであろう明日に備えるために。

 

おかしな時期に雪が降るように、住む場所を変えるように、日付が変わるように、俺が過ごしている世界は刻まれていく。俺の身体とは無関係のところで刻まれ続けている世界を少しでも自分のものにするために今できることをすべてやる。

 

――――――――――――――

 

 

というわけでこのZINEも捨てます。さよなら。ありがとう。今日のために。